遠くでドアが開く音がして、はっと目を開けた。

 鍵をかけ忘れたのだろうか。
 いや、その前に。

 わたしは涙のあとを擦った。
 涙が通った線だけが乾燥していた。


 どうやら泣いている間にいつしか眠ってしまっていたらしい。


 カーテンが開いたままの窓の向こうには月が静かに浮かんでいた。
 月は高い位置にあって、腕時計は夜の11時を回っていた。


 立ち上がろうとしたとき、近くで床が軋む音が聞こえた。誰かが歩いている。



 けれど不思議と緊張はしなかった。
 警鐘も聞こえない。


 来るなら来い。
 わたしは動かないから。
 対峙する体力なんてどうせない。



 襖に体重を預けたまま前髪をかき上げた。
 月光がわたしを照らす。

 
 足音が部屋に入ってきた。
 一瞬、息をのんだようなひくっという音が耳朶を打った。

 視界の端に青白い足首がうつった。細い足だった。
 影が伸びて、それはわたしの前で止まった。

 わたしは暗闇にのまれた。


「……だれだ」




 すると、返事が聞こえるより先に冷たい指先がわたしの首をかすめた。
 そのまま腕が回される。
 やわらかさがわたしを包んだ。

 ふわりと、甘い匂いがした。




「ごめん。私のせいだね。ごめん」





 声は震えていた。
 ごめん、ごめんと、か細い声で繰り返す。

 相手の肩に埋もれたままわたしは聞いた。





「一花ちゃん……?」







 シャツを掴む指に力がこもった。

 





「……ごめんね、叔父さん」