泣いたら、泣くから。



 姪はそのまま膝から崩れ落ちた。

 すぐ後ろにいたわたしは慌ててしゃがみ姪を支えた。
 わたしに体重を預ける姪の胸が激しく上下しているのがわかった。

 肩を叩き、名前を呼ぶ。「一花ちゃん!? 一花ちゃんだいじょうぶ!?」


 するとわたし達に気づいた三人がばっとこちらを振り返り真っ先に浅野が姪と視線の高さを合わせた。
 直後さっと顔を強ばらせ、春乃へ向けて声を上げた。 


「お母さん、今すぐナースを呼んでください!」
「はっはい!」


 駆け出す春乃の足音を背中に聞きながら浅野は首に提げていた聴診器を耳にはめる。


「一花ちゃん、ちょっとごめんね」



 上着の裾から手を滑り込ませると左の乳房の上に聴診器の先をあてた。浅野の顔が一瞬険しくなったのをわたしは見逃さなかった。
 浅野の手が引いたのを確認してからわたしは姪を抱き上げソファに横たえた。呼吸の乱れが尋常じゃない。
 手首に触れ、浅野の表情の意味を理解した。
 つうと、冷や汗がこめかみを伝った。

 脈が速いのだ。――速すぎる。


 横で首を伸ばした浅野が「あなたも医学に携わるかたですか」と耳元で尋ねたので頷くと、


「危険な状態です」


 浅野は呟き、くるりと体を反転して兄に向き直った。「――お父さん」


「な、なんでしょうか」
「今すぐオペの必要があります」
「手術ですか!?」
「はい」


 そう聞いたとたんに兄の顔から赤みが引き、それは止まることを知らず、普段の色さえ越えて兄の顔を白く変えた。
 目をぎゅっと閉じ、苦しみにもがく姪に視線を向け、兄は唇を引き結んだ。そして。



「一花を、頼みます……」


 
 兄は姪のそばに寄った。兄の目はすごく険しく、だが、とても優しい光に溢れていた。
 親が娘を愛する視線だ。


 不意に姪の目が開き、その瞳は誰かを捜すように彷徨った。


「一花、どうした」



 兄の声に姪は口を開いたが、声が三人まで届かない。