泣いたら、泣くから。


 
 順也は一人ではなかった。
 彼の隣には、ここにいるはずのない人が並んでいたのだ。


「あの人誰かしら。なかなかイケメンじゃない?」


 こそこそと耳打ちする美里の声は左から右へいとも簡単に抜けていった。 
 どうしてここに―――その疑問ばかりが一花の中をぐるぐる回って、うまく思考が働かない。どうしたらいいのだろう。

 固まる一花を気に留めず、順也はもう一人を連れて、まさか階段を下りてきた。影がだんだんと近づき、輪郭がはっきりしてくる。
 そのたびに、どっどっどっと、胸を打つ鼓動の音が大きくなっていった。


「一花ちゃんにお客さんだよ」
「―――久しぶり、一花ちゃん」


 会いに来たのは、紛れもなく、叔父の恭介だった。


 相変わらずの細身に、仕事帰りのようなスーツ姿でジャケットは腕にかけている。
 髪はすこし伸びたらしく、歳を感じさせない顔立ちのせいもあり、大学生のようにも見えた。

 砂浜にはわずかにもそぐわない格好で、目を細め見下ろす優しい笑顔は、一年前からちっとも変わっていない。

 私の、大好きな、大好きなその笑顔はまったく―――。


「一花、なんとか言いなさいよ」
「―――いった! ちょっと、叩くことないでしょ」
「ぼーっとしてるから目ぇ覚ましてやったんでしょうが」


 ばしっと美里に背中を平手打ちにされ痛みが走った。美里は昔から力が強い。
 腰を曲げつつ、背中をさする。夏で衣服が薄いこともあって、痛みはなかなか引いてくれなかった。

 その間も視線を外さない叔父に、頬が熱くなっていく。
 赤くなっているのは夕陽のせいだよ―――と、言い訳したかったけれど、あいにく太陽は背中である。
 逃げ場なはい。


 ……来るなら来るって言ってよ。
 

 叔父を前にして、平然でなどどうしたっていられないのだから。
 ましてやこんなどっきりなんて―――一花は俯き、小さく唸った。


 そのとき。


「―――美里、行くぞ」


 不意に、順也が美里の手首を掴んだ。