「義兄さんはやめてくれないか」
「義兄さんは義兄さんでしょ。入ってもいい?」
「ああ。部活の帰りかい?」
「逆。今から行くとこ。義兄さん仕事は?」
「わたしは休憩中さ」
「……あー、なるほど」
裏口を開けて中へ招くと、奥から聞こえる愉快なおしゃべりの声に青年は納得したらしく頷いた。
「義兄さんはあの中に入っていけないんだ?」
「なかなかね。頃合いを見てお茶を出すくらいかな」
「義兄さんらしい」
「……その、奏斗君。義兄さんとはもう呼ばなくてもいいんだよ」
青年――奏斗はわたしが出したお茶を見つめながら「恭介さんが嫌なら、やめる」と呟いた。
「嫌じゃないさ。ただ、わたしは奏斗君とは一回(ひとまわ)り以上違うからね。おじさん、のほうがお互いしっくりくるかなと思っただけだよ」
「義兄さんは、義兄さんだ。……姉貴は死んじゃったけど、義兄さんはこれからも俺の義兄さんだ」
奏斗は、わたしの妻、真由の年の離れた弟である。
真由が死んでも、奏斗はまだわたしを兄として慕ってくれる。
血は繋がっていなくとも、奏斗はわたしを兄と呼んでくれる。
それは、奏斗が真由を姉として心から大切に思っていた証。
義兄さんと呼ばれるたび、わたしの中で嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちとが入り混じる。
どちらが勝るかと聞かれれば、わたしは返答に窮するだろう。
奏斗から大切な姉を奪ったのはわたしだ。
夫である、わたしなのだから……。

