いつもより会話が少なかった。
彼女は今、どんな心境で何を考えているのだろうか。
僕の目には何かを待っているように映っていた。
根拠はないが、嫌な気がして仕方がない。
目が合うと笑ってみせる彼女の表情から涙を流して消えていく姿が想像できた。
膨れすぎた気持ちが幻覚をみせているだけならそれでいいと思った。


「そろそろ帰ろっか。」
今日も伝えられずに終わりを迎えた。
複雑な想いでバスを待つ。
手をのばせば掴めるかもしれない幸せはもたついている間に遠くへ行ってしまう。
脅しのような焦りが僕の心を更に痛めつける。


三十分後。
町内を走るバスへ乗り込み、席について彼女を待った。
しかし、彼女の姿は見当たらない。
発車と同時に窓の外へ目をやると、涙を流しながら手を振る彼女が。
後部座席へ移動し、リアガラス越しに遠ざかってゆく彼女の姿を懸命に捉えた。
何故だか分からなく、いくら拭っても拭いきれない程の大粒の涙を流した。
気づかない内に彼女を傷つけ、手をのばしても届かない所へ行かせてしまった。
悲しみと後悔の奥底で人間とは大切なモノを失ってから初めてその大きさを知る事ができる生き物だと思った。