「美夜さん、早く()っちゃいましょうよ」

暗闇から亡霊のように現れた人物は、梶祐太――先生。本来なら先生と呼ぶことすらも穢らわしい。けれど彼は、この神を冒涜する禁忌の所業に対して、絶対的な協力姿勢を見せてくれる貴重な人。

「お前…!」
「なぁに?清宮も来てたんだ」

過去と現在の狭間で揺れ動く私を置き去りに、彼は一部の生徒と揉めている。無理もないだろう。そういう男で、特殊な人間(そんざい)だ。

「ま、清宮はどーでもいいや。美夜さん俺、蛍様の次の心臓にピッタリな子、見つけましたよ。きっとまた美しくなるんだろうなあ」

ケラケラと笑いながら、先生は一人の生徒の前で動きを止める。

「黛、お前の心臓を捧げろ」

名前を呼ばれた子から、目には見えない殺気のようなものが溢れでた。金色の綺麗な髪の毛に、どこか見覚えのある青いピアス。

マユズミ?

『私、黛浩輔と申します』

マユズミ。

『ああ、いい歳なのにピアスなんて恥ずかしいでしょう?でも、これは子供達からのプレゼントなので、一等大切にしているんです』

そんな、まさか、あの人の。

「心臓を捧げろなんて随分な言い方ですね?父を裏切った癖に」
「はは!だって俺、蛍様に魅了されちゃったからさあ?君のお父さんが邪魔になっちゃったんだよね。ま、もうすぐ会えるって」

そう不敵に嗤って注射器を取り出す彼を、改めて異常だと思った。

十五歳の姿のまま、いつまでも美しい少女――蛍。

そんな蛍の姿を目にした時、彼の中でなにかが弾けたのだろう。そしてそれは今もなお、止まることなく続いている。

異常で、奇怪で、残酷だ。でもそれは、私も同じ。

秘密を守るために罪のない人を殺した。蛍を生かすために罪のない子供達を殺した。呪い、罪、罰。呪われているのも、罪と罰を併せ持つのも、殺されるべき人間なのも、本当なら、私、か?

「黛くん!」

薫の声で我に返る。ぼやけた視界に映る光景は、目を瞑りたくなる悲惨なものだった。どこかに隠し持っていたのか、小型の変形ナイフを握り締める少年と、注射器で威嚇をする先生。

「お前を殺して、ここを潰して、父さんの敵を討つ!」
「その前に殺ってやるよ!ああ、でも心臓だけは傷つけないようにしないとなあ!」
「っ、この、クソ野郎!!」
「ハハァ!なんとでも言えよクソ餓鬼!」

唇を噛締め、ナイフを持つ手は心なしか震えているようにも見える。この子を、こんな風になるまで追い詰めたのは私達だ。