「止めて、もう、止め――」

私が最後の一文字を言い終わるよりも早く、空気が揺れた。

今にも殺し合いを始めそうだったお父さんと村の人達の間に、赤褐色の長い髪が舞う。舞って、崩れて、地面へと沈んでいく。

「!!!」

じわじわと変色する土の色。奇しくも紫乃ちゃんのお父さんが振り翳した鎌が、彼女の腹部に深く複雑に突き刺さっていた。

「紫乃ちゃん!」

先程までの騒動が嘘のように静まり返り、私は一目散に駆け寄る。

「……し、紫乃ちゃん?」
「ごめんなあ、蛍ちゃん、お父さん、蛍ちゃんたちは、悪う、ないよ……誰も、悪う、ないんよ……」

ごぷりと大量の血が口と鼻から溢れた。
このままでは紫乃ちゃんが死んでしまう。死ぬ。――死。

「助ける、よ」

私は迷うことなく地面に散らばっていたガラスの破片で、自分の腕から手首を切りつけた。もうなにを言われても構わない。たった一人の大切な友達を助けることが出来るのなら、どうだっていいよ。

混ざり合っていく二人分の血液。微かに光る、傷口。

「お父さん!手術の準備を!私の血はまだ保存してあるよね?!」
「……あ、ああ」

突然のことに呆けてしまっていたお父さんも、瞬時に医者の顔に戻る。良かった。これで助かるよ、紫乃ちゃん。良かったあ。

ある程度の直接輸血が終わった後、紫乃ちゃんはお父さんに抱えられて手術室へと消えていった。辺りはすっかりと暗くなり、空にはまん丸いお月さまが昇っている。頬を撫でていく風が心地良い。

私と、お父さんは焦っていたんだよね。

紫乃ちゃんを助けることで頭がいっぱいだった。どうして私はこの時、この場所に一人で留まってしまったのかな?

ふわり、ふわふわ、不思議な糸を作る光。

「これがホタル?わあ、綺れ……」


――――――グチャ。

















私の記憶はここまで。

次に目を覚ました時にはもう人間じゃなくなっていた。もちろん、姿形は人間だけれど。今でいう生命維持装置というものだろうか?お父さんの医学と知識の集大成。そのなかで私は生きている。

人の〝心臓〟を挿げ替えて生きているの。何年も、何十年も。

皮肉なもので、私には特別な能力(ちから)があるから少々のことでは死ねないらしい。心臓が動き続けている限り、死ねないの。

私は何の為に生まれてきたのだろう。

ただ、普通の幸せが欲しかった。こんな事、望んでなんていなかった。特別な力も、特別な家柄も、特別な扱いも。そんなもの何一つ要らなかった。どうしてこんな事になってしまったんだろう。ただ、普通の女の子で在りたかっただけなのに。

『早く、私を殺して下さい』

今の願いはたったそれだけ。