春日井村での日々はゆっくりと穏やかに流れていった。

私は言いつけを守り、決して自分の能力を人前で見せないように細心の注意を払って過ごしていた。けれどある日、事件が起こる。

それは突然、真夜中の訪問者から齎された。

「先生お願いや!紫乃を助けてやってくれえ…!」

血塗れの毛布にくるまれた女の子を搔き抱くこの男性は、きっと父親なのだろう。大粒の涙を流しながら必死に状況を説明している。

その間にも女の子はピクリとも動かない。顔色は真っ白で、素人目にも危険な状態であることは一目瞭然だった。一通りの説明を聞いたお父さんはすぐにお母さんとお兄ちゃんを起こし、――そして。

「蛍、お前も来なさい!」

躊躇うことなく私の名前を呼んだ。

この状況で呼ばれる時、それは能力を使う時。

「はい」

短く返事をし、足早にお父さん達の後をついて行く。その時に自分に向けられた視線が妙に鋭くて、一抹の不安を覚える。

正直、怖い。それでも私が助けなければこの子は死んでしまう。同じ齢ぐらいの女の子。〝まだ〟生きている女の子。こくりと生唾を飲み込み、覚悟を決めた。気味悪がられてもいい。私は助けたい。

「お願いします」

都会の病院のようなちゃんとした設備ではないけれど、簡易的な手術室に運ばれた女の子の傷口の上に、そっと腕を差し出す。

「少し、痛むぞ…」

そう言ってお父さんは私の腕にメスを入れた。

ぼたぼたと落ちていく血液。

私の特別な能力。それは全ての血液型を有し、如何なるものにでも対応が効くという、ある種の神宝(かむだから)。今のように輸血が間に合わない時には、直接傷口から血を分けてあげることが出来る。

そして毒に侵された時などは、私の血はなによりの特効薬となる。何故こんなことが出来るのかはわからない。

けれど〝幸村〟の人間が何百年もの間この能力を受継いできたことは確かで、私の前は曾おばあちゃんに発現していたらしい。特に女性に現れ易いといわれる能力。それを、私は授かってしまった。

本来なら喜ぶべきなのだと思う。沢山の人を救うことが出来るのだから。でも、忘れてはいけない。人という生き物の残忍さを。

異質な者は、忌み嫌われる。

「よし、これで大丈夫だろう。後は通常通りに輸血をするから、蛍は母さんの指示に従いなさい」
「はい、お父さん」

失いすぎた血に目眩がした。でも、大丈夫。

「……頑張ってね」

ぽつりと独り言を呟いて、私はお母さんのところへと足を進めた。今は余計なことを考えるのは止めよう。ただ祈ればいい。

この子の無事を、変わらない日常を。祈って、信じていればいい。きっとこの村では大丈夫。明日からも変わらない日々を。