――昭和、二十八年

「蛍、こっちを手伝ってくれ」
「はぁい」

肺の不純物など一掃してくれそうな純度の高い空気に、見渡す限りの鮮やかな緑。高く広大な青空は見上げるだけで心が安らぐ。

移り住んで来た時にはあまりの長閑(のどか)さに不安になったりもしたけれど、村の皆は気さくで優しくて、すぐに馴染むことが出来た。

代々続く医者の家系。
そして、ある能力を持っている家系〝幸村〟

此処では医者であることは隠さずに、能力のことだけを伏せている。私達はこの能力(ちから)のせいで住む場所を追われて来たのだから。

集落の外れの伝統的な日本家屋。

そこが私達の家であると同時に、診療所としても機能していた。連日訪れて来るのは、足腰が痛いと朗らかに笑いながら世間話をはじめるお年寄りや、腕白をして怪我をこさえてくる元気な子供たち。

平和だと思った。とても、とても。

「村井さんのところの勇太郎君が転んで怪我をしたそうだから、お前が手当てをしてあげなさい」
「はい、お父さん」

私は簡単な作業のみを手伝い、それでも目まぐるしく過ぎる日々が愛おしくて。不満に思ったことも退屈だと思ったこともなかった。

「勇太郎君、また転んだの?」
「岩ちゃんと競争しよったら足がもつれてしもうたんやもん!」

自然と笑顔が零れる。
 
「蛍ねえ!ありがとう!」

お礼を言われるということが、こんなにも尊いものだとは知らなかった。物心がついた頃から耳にしていた言葉は、醜悪だったから。

鬼、化け物、妖怪、ヤブ医者、インチキ、出て行け、近寄るな。

どうしてだろう。人の為だと思ってやって来たことは裏目になってしまい、迫害される。私達だって人間だというのに。

『蛍は、幸村に伝わる能力を色濃く受継いでいる。この能力はとても素晴らしいんだ。でも、決して人の前で見せてはいけないよ』

どうしてだろう。この能力は人を助ける為に授かったものでしょう?なのに使ってはいけないの?わからない、わからないよ。