そうして、先生の指示を受けたらしい数名が暗幕を下ろし、辺りはいよいよ真っ暗になった。暗闇に浮かぶ真っ白なスクリーン。それがステージの際まで落ち、パッと映し出されたのは一枚の写真。

「説明するより〝見た〟方がわかりやすいやろう」

瞬間。俺の隣にいた女子が嘔吐(えず)き、吐物を撒き散らした。

「ッ、うっ、げえっ!」
「……ヒッ!」
「ギャアアアアあ!」

他にも吐く者、声にならない声を上げる者、おもいきり叫ぶ者と、色々いる。俺はというと、ただその写真に目を奪われていた。


色のない肌に毒々しく映える(あか)
この世の総てを恨んだような苦悶に満ちた表情。
開かれた胸部のなかの不自然な空洞。

知っている、顔。


「……や、山本由佳や」

誰かが茫然と呟く。その声に、更に悲鳴は大きくこだました。

山本由佳。彼女は俺たちの一級上の先輩だった人。そして、クラスメイトから虐めにあっていた人。最悪だ。こんなの。答えなんて一つしかない。そう、きっと、彼女は。

そこまで考えて身震いがした。もしこれが現実で本気だとすれば、俺たちも選ばなければならないのか?このなかから――生け贄を。

「鬼ぃ!悪魔!どうして私らがこんな事にならんといけんのや!」

委員長の金切り声が、体育館中に響き渡る。女子の多くは遂に泣き出し、男子は散り散りに脱出口を探しはじめた。じゃあ、俺は?

「先生、それは本物の写真ですか?合成とかではなくて」

雑音だらけの空間で、不思議と凛と通る声。その声の方に顔を向けると、そこには背筋をピンと伸ばし、前だけを見据える黛がいた。

「ああ、本物や。他にも何枚かあるけえ、……見るか?」

一瞬見出された希望は、先生の返答ですぐさま消えてなくなる。

俺は、黛ほど潔く割り切れないけれど。皆のように取り乱すことも出来ない。中途半端な奴。いつからこんな風になってしまったんだろう。昔はもっと、自分にも周りにも素直だったじゃないか。

「……千春」

ぽろりと唇からこぼれ落ちた、涙にも、似た。

本当は解っている。こんなことになるのなら、真面目に、真剣に、目を向けてやればよかった。取り合ってやれば良かった。気持ちが悪いと切り捨てて、逃げようとしたくせに。受け入れることが恐ろしくて、無関心を貫いたくせに。ああ、馬鹿だなあ。

俺、ちゃんとあいつの事、大切だったんだ。

突然突き付けられた理不尽な死と直面して、やっと気付いた。もう遅い。出来ることなら何も知らないまま、ただ、このまま。竜と同じ高校で一からやり直したかったよ。それだけで良かったのに。

自分を棄て、家族を棄て、親友を巻き込んだ。これは罰だろうか。

眼球だけをゆるりと動かし、竜の顔を盗み見る。俺の親友は泣いていた。今、一つだけ言える事。それは、胸を裂くような絶望だ。