「………竜、」

泣いて、いるのかと思った。

「寝てなかったんか?」
「ん、ちょっと考えごとしよってな」

千夏らしくない弱々しい声。それは俺の心臓を大きく揺さぶった。

「なあ、竜。……俺、後悔ばっかりや」
「え?」
「お前にも随分と甘えてしもうたなあ」
「……っ、バ!」

思わず布団から起き上がる。寒さなんて気にならなかった。

「あんな、今さら、ほんまに今さら、俺が言って良いことじゃないってわかってるんよ。その資格もないって。でもな、こんな状況になったからこそ、俺、気付いたんや」
「ち、なつ?」
「………千春を助けてやりたい」
「!!!」

今度こそ、心臓が飛び出るかと思った。驚きと、喜びで。

「来年、千春を、生け贄にさせたくない」

それは嘗て、己の意思を自由に表現できていた〝友〟の声。

「俺らで全部、終わらせたい。あいつが巻き込まれるのは嫌や」
「…そうや、な。そうや、俺も絶対、嫌や」

最初は同情だった。俺は、千夏を選んだ。でも。

『お兄ちゃん、竜ちゃん』

千春のことも大切だった。二人のこと、大好きだったんだ。千夏、今さらなのは俺の方だよ。こうなる前にもっと、ちゃんと腹を割って話が出来ていたら、三人で今も笑いあえていたのかもしれない。

生きるか死ぬか、俺たちの未来。千春の、未来。

「竜、ここから無事に出れて、皆で帰れるようになれたら聞いて欲しいことがあるんよ。それと、……千春と話がしたい。その時は、竜にも一緒におって欲しい」
「っ、そんなん勿論や!だって俺ら…」

そこまで言って、言葉が止まる。俺はこの先を言ってしまってもいいのだろうか。言っても、許されるのだろうか。

「………千夏、俺ら、」

ぎゅうと拳を握り締め、唇を僅かに震わせた。

「親友よな?」

か弱い少女のような問い掛けは、千夏の耳まできちんと届いたのかと不安になる。自分だったら無粋にも聞き返してしまいそうな、そんな頼りなさ。ああ、情けない。今頃になって寒さが身に染みる。

「ちな」
「ふはっ、あたりまえやろう?」

優しく、澄んで、迷いを捨てた、確かな宣言。

過去からの氷解。

「竜がおってくれて良かった」
「そんなん、俺の方やし…」
「ふ、なんや、はずいな」
「それな、もー、やばい顔あっつい」

やっと親友の方を向くことが出来た。かちりと視線が交わった。

互いの瞳に赫奕(かくやく)と宿る決意と覚悟。まだ間に合うはずだ。ここから出ることも。俺たちの関係も。ハッピーエンドのその先へ。

その為には誰も死なせてはならない。今も、これからも。

歩いていくんだ。もう守られてばかりの子供じゃない。自分たちの足で進むしかないのだから。大丈夫、だって俺には。