明け方間近だろうか。

天候が思わしくないのか、正確な時間の進み具合が読めない。殆どの者が眠り、途切れ途切れに聞えていた話声も完全に止まった。

「………千夏?」

そっと親友の名前を呼んでみる。返事は返って来なかった。

本気で寝ているのか狸寝入りをされているのかはわからない。千夏はこのことがあってからずっと上の空で、ぼんやりとしていた。

救いたいと思う。でも、原因は俺なのかもしれない。

そう思うとなにも出来なかった。なにもすることが出来なかった。だから、唯一できること。なにも知らないふりをする。

(ほんと、最初から選択ミスやなあ…)

俺と千夏は、家が隣同士で赤ちゃんの頃からの付き合いだ。

訂正。俺と千夏と〝千春〟の三人。

千春は千夏の一つ下の妹で、皆には大っぴらには言っていないけど俺の彼女。いや、表向き彼女ということにしているだけ。

『竜ちゃん、わたし、――〝おれ〟苦しいんよ』

泣いて縋る千春を放ってはおけなかった。

最初はハッキリとした同情。悩んで、病んでいく千春を見捨てられなかった。でも。それがそもそもの間違いだったのかもしれない。

千春は性別違和があり、見た目は女の子だけど心は男だった。

(とし)を重ねる毎に千春の言動はちぐはぐになっていき、恐らくは千夏も早い段階から気付いていたのだと思う。そして、千夏が妹を疎ましく思いだしたのも。きっと同時期だったのだろうと想像できた。

髪を短く切り揃え、スカートを穿かなくなった千春。

それだけなら千夏だってあからさまな態度には出さなかっただろう。邪険に扱わなかっただろう。でも、千春の興味は同性に向かった。しかも、俺たちのクラスメイトに。見るからに憧れを超えて。

『お兄ちゃん、浅田先輩のこと教えて!』

あの時の苦虫を嚙み潰したような千夏の顔は今でも忘れられない。

切欠は些細なことだった。

些細なことだけど千夏にとっては地雷だった。だからこそ容易く〝兄妹〟の関係は終わった。終わらせたのは他でもない千夏だ。

妹をいないものとして扱い、気持ちが悪いと切り捨てた。

千春は自分の心と身体の変化についていけず、兄からも見放され、悩み、苦しんで、病んだ。友達にバレそうになっていたのも同じ頃だったのではないだろうか。だから俺は手を差し伸べた。

〝普通〟で在るために本当の自分を押し殺し〝女の子〟で在ろうと懸命に振る舞う千春を守れるのならばと、彼氏のフリをした。

逃げ場にもなってやれたらいいなと思っていたよ。そうして千春と過ごす時間が増えれば増えるほど、今度は千夏の様子がおかしくなった。感情豊かだった友は、いつしか淡白な人間へと変貌する。

俺は、俺たちは、寮付きの高校を選択した。

これは最善?
それとも最悪?

わかってる。ただの俺のエゴで、逃げだ。二人を同時に救えない無能は俺は、――俺も。結果的に千春を切り捨てた。最後まで付き合ってやれないのなら、最初から手を伸ばすべきではなかったのに。