生け贄、独り。



「桂木さんとこの怜君には負けたらいけんよ!」

僕の母親はいわゆる教育ママというやつで、幼い頃から窒息しそうな制限と制約をくどくどと植え付けられながら育てられた。

特に多かったのが怜に対するものだったように思う。過去になにかあったのか、母さんは異常に怜の両親を目の敵にしていた。

怜は関係ないのに。

そんなこともあり、自然と怜と張り合う形になっていた僕。けれど、張り合って、関わっていくうちに親友になった。男の友情とは不思議なもので、ライバルだと思っていた相手が一番の親友になったりもする。それは僕たちも例外ではなかった。

でも、そんなことを母さんが許してくれるはずもなくて。

「怜君なんかと仲よおしよるけん勝てれんのんや!勉強も、スポーツも、千里が一番やないと母さんは許さんよ!」

横眉怒目(おうびどもく)、理性を散らして喚く母さんを哀れな人だと思った。

出来れば母さんの期待に応えてあげたいなとは思う。その為に地道に努力もしてきた。徹夜で勉強した日も、早朝からランニングした日も。けれど、仲が良くなれば良くなるほどにわかる怜のすごさ。

「また九十点台なん?」
「ん、ヤマが当たったんかも」

なんでも出来る怜。でも、それでいて全然嫌味じゃない。理由は簡単、怜も努力をしているから。努力を惜しまない人だから。

怜に勝てるだなんて思わなかった。それでもライバルだと思って追いかけていたのは、ちっぽけな僕の自尊心。

頑張って、頑張って、認めて貰いたかった。

母さんじゃなくて、怜に。

でも、怜はただ穏やかで、優しくて大きい存在のまま。いつしか僕は、仮面を付けるようになってしまった。自分の身勝手な都合で親友をライバル視してしまう嫌な人間だと思われたくなかったんだ。

怜の顔が、まともに見れなくなった。

だって、こんな醜い感情のままで親友といたくない。笑い合って馬鹿みたいに過ごしたい。だから、偽物の笑顔が得意になった。

笑顔の下では、野心が眠る。いつか怜を追い抜きたい。いつか怜に認めて貰いたい。ああ、これじゃあ母さんと同じじゃないか。

それでも捨てきれない思い。それをもっと、他に向けることが出来ていたら良かったのにね。僕は、馬鹿だよ。

親友の、怜。ライバルの、怜。

怜にとって僕は一体どんな風に映っているのだろう。聞いてみたいけれど聞くことが出来ない意気地なしの僕。一枚、二枚、三枚と。

仮面が、幾つも重なる。