生け贄、独り。



「ここ、いいかな?」

不意に声を掛けられ、顔を上げるとそこには意外な人物がいた。

薄暗い体育館のなかでもよく映える金色の髪に耳朶で光るピアス。そんな見てくれの奴なんてこの学校では一人しか存在しない。

「は、意外。何でわざわざ」
「特に理由はないよ。静かに食べたいなと思ってここに来たら、先客がいたから断りを入れようかなって」
「っ、」

感情の込められていない声に、ジリジリと臓腑が灼ける。

『真由、こっちにおいで』

こいつの標準語は梶を思い出させた。

違う。違うだろ。

こいつは梶じゃない。ここで切れて暴れでもしてみろ。そんなの、父さんと一緒じゃないか。あんなクソ野郎と同じだなんて、考えただけでも虫唾が走る。自分で自分を殺したくなる。

「なにを憎んでいるの?」

ピタリと、思考が止まった。

「清宮君、ずっとなにかが憎くて仕方がないって顔をしてる」
「ハア?なに言いよんや、お前」
「わかるよ」

真っ直ぐに、真摯(しんし)な瞳で見つめてくる黛から視線を逸らすことが出来ない。たかがこんな一言で、簡単に揺れる心。

〝憎い〟か。ああ、そうだな。



「………ほっとけや」

吐き捨てた言葉に、黛は表情を変えることなく視線を落とした。

「じゃあ、そうする。でも、一つだけ言っておくよ。人を憎んでもいいことにはならない。俺みたいになりたくなかったら尚更ね」

再び、思考が止まる。

「お前はなにを憎んどるんや」

会話を広げる気なんてなかった。でも、どうしても黛の言葉が気になってしまった。こいつはなにを抱えている?

どこか、予感がした。

金と蒼と。モノクロの世界に煌々と光る美しい色に吸い寄せられるように、まるで魔法にでもかけられたかのように、口が開く。