生け贄、独り。

中学生になり、少し大人に近付けたと、強くなれたと思った俺は、意を決して父さんへの反抗を試みた。けれど、返ってきたのは変わらない暴力と母への執拗なやつ当たり。もうダメだと思った。

全てを諦め、全てを閉じ込めた。俺が殴られていれば母さんは傷付かない。俺が殴られていれば父さんは満足する。

それで、充分じゃないか。

父さんや母さんのような大人になりたくないと思った。でも、どうしたって俺はあの人達の血を引いている。変えようのない事実と現実。自分のなかで捌ききれなくなった感情が、学校で爆発した。

家で我慢をすればするほどに、学校で物や人を傷付けてしまう。違う、こんなことを望んでいたわけじゃない。

葛藤と、焦りと、憤りと、怒り。

理不尽な大人が許せなかった。大人を憎んだ。そして、教師を憎んだ。でも、いつ矛先がクラスメイトに向くかも解らない。

だから自ら距離を置いた。優しい人達を傷付けないように。

エスカレートしていく自分の行動に反吐が出る。結局、綺麗事を並べているだけで、自分だって同じじゃないか。汚い大人と。

どんなに季節が巡っても、俺の心の(もや)は取れない。それどころか濃く広くなるばかり。そんな時、真由と副担任の関係を知った。

真由が幸せになれるのなら、それでもいいと思っていたよ。大人は嫌いだけど、真由のことは好きだから。でも、アイツは真由を裏切っていた。平気な顔で裏切っていた。ほらみろ、やっぱり大人は汚くて狡い。壊してやる、ぜんぶ、俺の手で。俺が悪者で、いい。

ズキズキと痛むのは生疵(なまきず)と胸の奥。

あの頃のように真由はもう笑いかけてはくれない。唯一の傷薬を失った俺に、この傷が癒える日は訪れるのだろうか。