生け贄、独り。

「椿ィィィ!」
「ワレ学校の先生やこうに何チクっとんじゃ!」
「ブチ殺してやるけえな!」
「お前は、一生、俺の、奴隷じゃ!!」

明らかに暴力の質が変わった。母さんが必死で手を伸ばして止めようとはしてくれる。でも、そんな母さんにまで手を上げる父さん。

やっと理解した。自分の家は狂っているのだと。

「椿ィ!出てこいクソがァァ!」
「お父さんもうやめてえ!」
「黙れクソアマ!!」
「っ、ゔぅ、ううう…」

「もう、もう、やめて!おとうさん、おかあさん、おれ、」

それからも父さんは酒を飲むたびに暴れ、皮膚に刻みつけるように傷や痣を増やされる。俺はただ黙って殴られて、蹴られて、踏みつけられて、時には切られて、罵られて、ブッ飛ばされて、風呂場で沈められて、髪を掴まれて、――人間じゃない扱いをされた。

自分はなんの為に生まれて来たのだろう。

「つばきぃ、ごめん、ほんまにごめんなあ……母さんが弱くて、守ってあげられんくて、…ごめんなあ、母さんを恨んでええよ……椿」

傷が一つ増えると、感情が一つ死んでいく。謝るならどうして本気で守ってくれないの?どうして父さんが暴れると逃げるようになったの?どうしておれを盾にするの?どうして、どうして。

幾ら絆創膏で傷口を隠しても、その下で傷はじくじくと膿む。治りきらない傷が増えて、どす黒く、全てを支配していく。

心も身体も、じくじくと膿んでいった。



「椿、どうしたん?」

学校にいる時だけでも穏やかで、楽しく過ごしたいと思っていた俺の前に現れたのは、クラスの女の子のなかで一番仲の良い真由。

どうしたん?と、言いながら指で差されたのは、昨日出来たばかりの切り傷。バレたと思った。同情されると思った。けれど。

「どーせ皆で鬼ごっこでもしよって転んだんやろう?椿って意外とどんくさいけん。ゆうか、男の子ってなんでそんなに元気なん?」

そう言って微笑み、真由はランドセルのなかをゴソゴソとあさって、可愛らしいリボンやフリルのついたポーチを取り出す。

「これ、私のお気に入りなんよ。椿は仲良しやけん特別なあ」

腕に強引に貼られた、色とりどりのハート柄の絆創膏。

「また傷が出来たら私に言うてな?何回でも貼ってあげるけん」

真由は、俺の傷薬だったよ。