「……つばき」

思い詰めた顔でスプーンを握り締める真由の手を掴むと、小さく自分の名前を返された。掌から熱が、彼女の激情が流れ込んでくる。

「止めとけや、真由」
「っ、」

今の俺の顔は鏡を見なくてもわかった。普通の女の子なら泣いてしまうかもしれない。そんな恐ろしい顔。けれど、真由は。

「止めてくれてありがとお」

先程よりも更に小さな声でお礼を言って、浅田たちのところへと戻って行った。その後姿がやけに儚く見えて、奥歯を噛み締める。

俺と真由の遣り取りを後ろに並んでいた森に見られたけど、当の本人は心ここに在らずといった様子で特に追求はされなかった。

そして、目の前にいるのは殺したいほどに憎い相手。

でも、そうすることが出来ないのは先程の真由の声のせい。当事者の真由が我慢したんだ。俺が我慢しなくてどうする。

感情を押し殺し、生きる為に必要な食べ物を渋面(じゅうめん)で受け取った。なんて、誰がいつ死ぬかも解らなくなったこの状況で馬鹿げている。一人が死ぬか、皆で一緒に死ぬか。

そんなの、考えたって答えが出るわけがない。――俺達は一体。



ズキっと痛む身体(からだ)で我に返る。

受け取ったおぼんを片手に、人を避け一人ステージに上がった。

大人は汚い。
大人は狡い。
大人は、嫌いだ。

埃っぽい床におぼんを置いて頭を抱える。激流に呑まれそうな感情を整理したかった。その間にも痛む身体の節々。昨日もアイツから酷い暴力を受けた。最近は酒が入っていなくてもスイッチが入る。我慢なんてしたくはない。けれど我慢をしなければ矛先が変わる。

物心がつく前から俺は虐待を受けて生きてきた。だからそれが普通だと思っていたし、変だとも思わなかった。我が家の異常性に気付いたのは、気付かされたのは小学校三年生に上がったばかりの頃。

「椿君、その痣どうしたん?」

この、何気ない担任からの一言で全てが崩壊していく。

なにも知らない俺は、自分の父親からされてきたことを包み隠さずに話した。すると、面白いぐらいに顔を真っ青にする先生。

「大丈夫、大丈夫やからね」

そう言いながら抱き締めてくれる先生の〝何が大丈夫〟なのかが解らなかった。心の方はもうとっくに手遅れだったらしい。