「悪いんやがそれはできん。薬なら用意できるんやけどな」

瞬時に理解した。

もし此処で万が一体調不良で死にかけたとしても助けては貰えない。きっとその方が好都合だから。選ばなくても(・・・・・・)いいのだから。

「ちーちゃん、ほんまに大丈夫やけん。先生、じゃあ痛み止めだけ貰ってもええですか?ほんまに、それで、大丈夫やけん」

私の言葉に、ちーちゃんはまだ納得がいかない様子ではあったけれど、先生は一つ頷いて、普段は教師同士で使っているコードレスの内線電話を取り出した。そんなものを隠し持っていたのか。

「――っ、」

本当に体調が悪いわけでもない筈なのに、ぐらりと視界が歪む。

「佐々木、ほんまにすまんな。すぐに薬が届くけえ。それとご飯の用意ができとるらしいけん、夕飯にしようか」

夕飯という単語に、わっと安堵の声が上がった。もしかしたらご飯すらも抜かれてしまうのではないかと思っていたのは私も同じだ。

力を失い更に低く落ちていく私のもとに、ちーちゃんが走って帰って来てくれる。あたたかいなと、思った。

暫くすると、先生の言った通りに食べ物が届けられた。前から気になっていた体育館には不釣合いな独房に設置されているような小窓。それが開かれ、そこから受け渡しが行われていく。私はちーちゃんの後ろに並び、自分の順番が来るまで静かに待つことにした。



神様は、一体どこまで意地悪なのだろう。

「私の次が佐々木さんやから、薬もお願いします」
「ああ、了解」

心臓が、口からまろび出そうになった。ちーちゃんが前から居なくなり、目の前には数十センチの小さな自由。そこから差し出されるカレーライスと、おぼんの横に乗せられた白い錠剤。そして、私の大好きだった大きな大人の男の人の手。――梶、先生。



ドクン、ドクン、ドクン、

まるで走馬灯のように今までの出来事が頭の中を巡る。

嫌いだと思っていた先生。
私を救ってくれた、先生。
私を抱いてくれた、先生。
私を裏切った、先生。

言葉にならない声が出そうなるのをグッと堪えた。震える指先でおぼんを受け取り、私は考えてはいけない事を考えてしまう。

誰か必ず死ななくてはならない。それは、私なのかもしれない。

(だったら)

食べ易いようにスプーンとフォークが一体型になっているプラスチック製の食器を、無表情でのろりと手に取った。