生け贄、独り。

「いらっしゃい、国枝先生」

けれど、聞えて来た声と会話に私は絶句せざるを得なくなる。

「あら、此処では冴子いうて呼ぶ約束やろう?」
「ははは、そうでしたねえ」

梶先生と、国枝先生。

「祐太は軽いけん心配やわあ、まさか生徒にまで手え出しとらんでしょうね?」
「まっさか!あー、でも俺は基本的に来る者拒まずだから、摘み食いはしちゃうかも」

摘み食い。

「なんて、冴子さん一筋ですよ」

漫画やドラマのような恋は、まさしくよくある裏切りというパターンで幕を閉じた。一つ違うのは、私には自分を支えてくれる存在がいないということ。漫画やドラマだと、此処で格好良い幼なじみや主人公に片思いをしている男の子が助けてくれる。

でも、私にはそんな存在はいない。なにを考えているのか解らない、変わり果ててしまった嘗ての友が気まぐれに傍にいるだけ。

やがて、聞きたくもない国枝先生の甘く媚びた声が微かに外に漏れはじめた。咄嗟に両手で耳を塞いでみても、もう意味なんてない。

「なんで、椿は知っとったん」

私の問いに、椿は制服の内ポケットから煙草を取り出す。

「ここ、俺の喫煙場所やけん。お前の声もよお聞えてきたで」
「………そっかあ」

本来なら、顔から火を噴く程に恥ずかしくなる所だろう。でも、今の私には先生に裏切られていたというショックの方が大きい。

「こんな田舎、ラブホもないやろう。梶は下宿やし、アイツここをラブホ代わりにしとんや。因みに相手はお前や国枝だけやないで」

椿の声が、二重に聞える。いよいよ最低な先生じゃないか。でも、なんでだろう。嫌いになれないのは。なんで、この期に及んで国枝先生や他の人に嫉妬してしまうの?私はこんなにも馬鹿だった?

頬から落ちる涙は、椿の制服を濡らしていく。

ぽたり、ぽたり、染みが増える。

「なんで梶みたいな都会の奴が、こんな田舎に飛ばされて来たかわかるか?普通に考えて、問題を起してしもうたからやろう?」

ぽたり、ぽたり、止まらない。

「お前、色々よお考えーや」

ぽんと頭を撫でられたかと思えば、あっさりと離された体。椿から出された問題は、今までのどんな難解な計算式よりも難しいよ。