生け贄、独り。



幸せな時間は、予想外のカタチで終わりを告げる。

ある人物から齎されたたった一言で、今まで築き上げて来た、来ていたと思っていた大切なものが、すべて崩れ去っていった。

「真由、お前騙されとるが」

栗色に染められた癖のある髪の毛をカチューシャでとめ、可愛らしい顔に相反してハスキーな低い声。――清宮(せいみや) 椿(つばき)

クラス一の問題児であり、小学校までは一番仲の良かった男の子。

椿は中学に上がると同時に荒れてしまった。黛君が転校してきた今でこそ見た目は霞んでしまっているけど、行動は相も変わらずで。無意味にガラスを割ったり、煙草を吸ったり暴力事件を起したりと、その行動は目に余るものばかりだった。

明るくて、面白くて、友達思いの椿はもういない。

三年になってからは殆ど学校にも来ておらず、来ている時はいつも一人でぼーっとしていた。だから、こうして面と向かって話をするのは本当に久しぶりで、少し緊張する。

「……騙されとるって、なん?」
「はっ、お前はほんに馬鹿な!梶のことに決まっとるが!」

先生の名前を出されてあからさまに動揺した。なんで椿が先生のことを?そんな疑問を頭の隅に残したまま、私は強引に手を引かれて外へと連れ出されて行く。ずかずかと力強く、淀みなく、進んでいた椿の足が止まった場所は理科準備室の裏手の草むら。

「ちょ、離してや!」
「静かにせえ」

口を塞がれ、そのまま抱き抱えられる体勢でその場に強制的に座らされた。先生とは違う、まだ少し小さくて幼い綺麗な手。

「お前、今日会うの断られたやろう?」
「…………え、」

椿の言葉に心臓が一つ大きな音を立てる。確かに今日は断られた。いや、最近は何かと理由をつけて、断られる事が多くなっていた気がする。ちがう、違う、ちがう、ちがう!チガウ、ヨネ?

目を瞑り、必死で先生との時間を思い返した。既に繋がり掛けている、最悪のシナリオの糸を断ち切るように。祈るように。