夏の気配を殺せぬまま、曖昧に突入した秋のはじめ。

「佐々木、今から職員室なー」

美月とちーちゃんと一緒に帰ろうとしていた所を、副担任の梶先生に呼び止められた。大体の予想は付いている。きっと進路の事だ。

「二人は先に帰っとって」

肩に掛けていた鞄を机に降ろし、私は先生の後ろを着いていった。二人は心配そうな顔だったけど、見て見ないふりをする。

「……面倒やなあ」

本音が、空気に溶けて消えた。

職員室に着くと、梶先生は自分の机の上から分厚い進路についての資料を持ち上げ、そのままの足で外へ出て行こうとする。

「先生?」
「ああ、こんな場所(ところ)じゃ話しづらいだろ?」
「…えと、はい」
「さーてさて、俺の担当教科は何でしょう?」

陽気な梶先生。今年、都会から転任して来た若くて格好良い先生。

「………理科」
「ピンポーン!だから、先生の特権な?」
「え、」
「理科準備室で話そ」

私は先生のこの軽薄さと、他人行儀に聞える標準語が嫌いだった。だから知らなかったの。嫌いという感情が引っくり返り易い事を。

「適当に座っててなー」

埃っぽい理科準備室に通され、促がされるままに一番近くにあった椅子に腰を下ろした。先生は散かった机の上に資料を置き、電気を点けに奥の方へと消えていく。そんな後姿を見送りながら、気付かれないように溜息を一つ吐いた。憂鬱で仕方がない。

「お待たせーって、そんなにでもないか。なあ、佐々木は何で今日俺に呼ばれたか、わかってるよな?」
「はい」

膝の上で交差している手に視線を落とし、小さな声で答えた。

「うん、素直でよろしい!」

わしわしと、先生の大きくて男らしい手が私の髪を無遠慮に掻き雑ぜる。同級生の男の子たちとは違う、大人の男の人。

「佐々木は何かやりたい事とか、行ってみたい高校とかないの?」
「特に、ありません」

そっと頭から離された手を、無意識に目が追っていた。そしてその先にあったのは、真剣な眼差しで自分を見つめてくる先生の顔。

「友達と一緒の高校は?」

先生の質問に、ぐっと息を呑む。
友達と、美月とちーちゃんと同じところには行けない。