生け贄、独り。

弟と離れ離れになり、俺を取り巻く環境は少しだけ変わった。

公にされることはなかったけれど、目撃者も多くいたあの事件の噂は当人たちを置き去りに、余分な尾鰭(おひれ)がついて広がっているみたいだった。かといって俺があからさまな虐めに遭うこともなく、ただ、皆のよそよそしい態度が少しだけ。ほんの少しだけ辛かった。

でも、一人だけ変わらない奴がいた。それが、藤森 暁人。

元々そんなに仲が良かったわけではない。それでも暁人は皆のように遠慮がちな視線を向けてくることもなく、終始〝普通〟だった。それがなにより嬉しくて、心を温かくしてくれた。きっと暁人は無意識だったのだろうけど、俺は確かに救われていたんだ。

それから俺は、なにかと暁人に絡んでいった。最初は怪訝そうな顔をしていた暁人も、いつしか俺のしつこさに折れてくれて。

「面倒な奴やなあ」

そう言いながらも笑ってくれた。暁人の不器用な笑顔はむず痒いような、ぽかぽかするような。不思議な笑顔だった。胸が満たされていく感覚。そして自分自身も、数ヶ月ぶりかに笑うことが出来た。

元々、優しい人間で溢れていたクラスメイト達。その優しさ故に遠慮がちになっていた行動が、暁人に触発されて戻っていった。

何度お礼を言っても足りない。けれど、無意識の暁人はきっと「暑苦しいから止めえ」と、言うだろう。そういう遠慮のない、真っ直ぐな所にも惹かれた。暁人は正直、暁人は無邪気。

それがどうにも千鳥に重なる。更に、深く関わっていくことでわかった暁人の特殊嗜好。千鳥と全く一緒であり、その思考の波にまた溺れかけたりもした。でも、ここで食い下がるわけにはいかない。

クラスで一番背の低い暁人と、クラスで一番背の高い俺。見た目も文科系と体育会系というデコボコの俺たちは、学校内でも一際目立つコンビだった。まるで本当の兄弟のような関係に見えていた、なっていた俺たち。もう、なくしたくない。

大切な存在を、大切な絆を。

千鳥を守ることが出来なかった俺だからこそ、暁人だけでも守りたい。もし、道を踏み外しそうになった時は俺が正すよ。迷惑だって怒られるかな。余計なお世話だって。でも、もう決めたことだから。俺にとって暁人は、掛替えのない家族同然の存在だから。

いつか千鳥と暁人を会わせてやりたいな。千鳥に紹介したいんだ。もう一人のお前の兄貴だぞって。それと暁人にも、お前の弟だぞって。二人は俺に、どんな顔を見せてくれるだろうか。