生け贄、独り。

答えがわかった時点で、本当は俺が千鳥を叱ってやらなければならなかったのに。可愛い弟を〝こちら側〟へ引っ張り上げてやらなければならなかったのに。結局なにも出来やしなかった。

――そして。岸本先生のお腹のなかに宿っていた小さな命は、弟の手によってその輝かしい未来を永久(とわ)に絶たれた。

それでも俺は千鳥になにもしてやれなくて。このままではいけないと頭では充分に理解できているのに。行動には(つい)ぞ表せなかった。

それは母さんも同じで、毎日、毎日、呪文(のろい)でも唱えるかのように、

「千鳥は悪くないけん」

と、抱き締めながらぶつぶつと呟いていた。こんな、これで、いいはずがない。じゃあどうすればいい。わからない。助けて欲しい。ふざけるな。わからない。こわい。わからない。自分自身がノイローゼになりそうななか、最悪の形で千鳥は壊れていってしまった。

学校でも優しくて評判だった岸本先生。先生は千鳥を責めなかった。それどころか「私が足を踏み外した」と庇ってくれた。

けれど、先生の旦那さんとご両親がどうして許してくれようか。

毎日のように罵声を浴びせられた。それは仕方のないことだと思う。辛く長い不妊治療を乗り越え、やっと授かった赤ちゃんだったそうだ。自分はまだ子供だからよくはわからないけど。大人になり同じ目に遭えば、やはり責めずにはいられないと思うから。

責められて、守られて、また責められて。

千鳥の心の器は罅割(ひびわ)れて粉々になってしまった。そしてそれに伴い、小さな体は〝生〟への執着を拒んだ。せめて家族が正してやれていれば、千鳥はこんな風に壊れずにすんだのかもしれないのに。

他人に責められ、家族に守られ。

何が本当で、何が嘘なのか。俺だって解らなくなるだろう。

千鳥が自分の犯した過ちを理解した時には、もう言葉すらまともに喋ることが出来なくなっていた。そうして千鳥は、従兄が暮らす都会の大きな病院へと移される運びとなる。ここに居たら、家族と居たら、もっと壊れてしまうと判断されてのことだった。

『ぼくは、生きとったらダメな生き物なんやろう?』

最後に千鳥の口から吐き出された言葉は、今も俺を哀しくさせる。