「小林先生、大丈夫ですか?」

遠慮がちに声を掛けられ、過去に搦め捕られていた意識が引き戻される。生徒たちの死角に潜み、この寒空の下でも嫌な顔一つせず集まってくれている同僚の数は、思っていたよりも多かった。

「……あ、ああ。大丈夫です。ちょっと考え込んでしもうて」
「大変な役目やから仕方が無いですよね」
「私らはこれくらいしか助力出来んのんですが」

そう言って体育担当教諭は小さな鍵を。他の教諭たちは角材を。各々に小さく掲げ、こくりと頷く。それに(なら)って私もぎこちなく頷き返せば、成立するのは暗黙の了解。

『生徒は絶対に逃がさない』

自分も経験しているから解ってしまう。どうしても逃げ出そうとする子がでてくる。そんな子達を逃がさないように、外からのみ解錠できる鍵をかけるのだ。更には角材を突っ張り棒のかわりにし、念には念を入れる徹底ぶり。抑々(そもそも)この学校の体育館の造りは特殊で、全ての窓に鉄格子がつけられている。トイレの小さな窓にすら。

つまり、出入り口を塞いでしまえば脱出は不可能。

残酷だとは理解している。けれど、これはこの村で生きていく為には仕方のない儀式であり、変える事の出来ない掟。

「外のこと、よろしく頼みます…」

私の言葉と共に、鉄製の分厚い扉は再び閉じられた。暫くこの扉が開かれる事はないだろう。知らず、握り締めていた拳のなかでは、爪が肉に食い込むジンとした痛み。こんなもの一考の価値もない。

「だいぶ待たせてしもうたなあ」

迷いはもう消えた。
偽りの笑顔を張り付け、ゆっくりと距離を詰める。

「せんせー電気はつけんのんですかぁ?」
「ぶち暗うない?」
「ね、朝やけどもう夜みたい」
「ほんまやね、…って、先生?」

「……このままでええよ。必要、ないけえ」

闇然(あんぜん)たる世界のなかで、俄には信じがたい話ではあるが。はきと、生徒たちの表情が見えた気がした。私はこの愛しい教え子たちの顔を生涯忘れはしないだろう。そうして、吐き出された(こと)()は。