桂木たちの遣り取りをぼんやりと眺めながら、鼻先までずり落ちた眼鏡をくいっと押し上げる。よし、視界良好。それにしても。
「……この異常事態にアオハルかよ」
つい、思っていたことが口から零れた。幸いにして誰にも聞かれてはないらしい。別に聞かれていたとしても、特に問題はないのだけれど。それよりも、松田の働きには心から感謝をしていた。自分が一番聞きたかったことを代わりに聞いてくれたのだから。
「話が長うなると思うけえ、ストーブの用意をしようか」
相も変わらず機械的に喋る担任に、背筋がゾクゾクとする。遂に聞ける。人の〝死〟についてを。こんなにも近くで、こんなにもリアルに。逸る心をなんとか治めて、普段なら御免蒙る体力仕事に、いの一番に名乗りを上げた。
底冷えのする古い体育館に、気休め程度の暖が与えられる。
先程のスライド同様ストーブも事前に用意されていたらしい。どこまでも用意周到で、大人たちの本気度が伺えて気分が高揚する。
(ああ、駄目だ、顔のにやけが止まらない)
流石にこのにやけ面を曝すのは拙いと思い、口元に手をあてた。そんな僕を見て、近くに居た桐谷が気遣わしげに声を掛けてくる。
「藤、大丈夫か?また吐きそうなんか?」
「……いや、もう大丈夫やけん」
少し声のトーンを高めにして言うと、桐谷は心配そうな顔をしながらも、森のところへ戻っていった。お人好しめ。
僕の性格上、桐谷や桂木のような所謂〝イイコちゃん〟とはどう努力をしようとも恐らく相容れない。捻くれ者で、卑屈で、暗い僕。
そんな僕には、ああいった奴らの光の部分が鬱陶しい。本性を出せよ。本音を言えよ。そう、言いたくなる。人間はそんなに綺麗な生き物なんかじゃない。貪欲で、愚かで、残忍で、自己中心的だ。
どんなに隠していても、いつかはボロが出る。なら、隠さなければいい。偽善者ぶらなければいい。ただ、それだけのことだ。お前らは馬鹿だな。そうやって、自分の首を自分で絞めていたらいいさ。
「暁人」
小さく肩を叩かれ、振り返るとそこには飛鳥が立っていた。飛鳥は僕が唯一心を許している相手。親友、と呼んでもいいのかもしれない。そんな飛鳥が眉間に皺を寄せ、ジッと真っ直ぐに見てくる。
「お前、まさかこんな時に〝アレ〟を考えとらんやろうな?」
無意識に、口角が上がった。
「そんなん、考えまくるに決まっとるやろうが」
「――ばっ…!」
大声を上げそうになる飛鳥の口を塞ぐ。僅かに触れた唇がとても冷たかった。心配してくれるのはありがたいけど、今騒がれるのは得策じゃない。だって、話が聞けなくなるかもしれないじゃないか。
「心配せんでも大丈夫やって。ただの冗談や、ジョウダン」
パッと手を離し、オーバーリアクションでおどけてみせる。そんな僕を見た飛鳥は、わざとらしい溜息を吐いた。
「ならええけど。今の状況でもお前はやっぱりええ性格しとるわ」
「ははっ、それ褒め言葉やわ」
自分でも本当にそう思う。イイ性格をしているよ、僕は。
「んなら、あっち行くべ?」
飛鳥が指を差した場所は、怖がって避けられているのか不自然に空いた先生の真正面。飛鳥だって人のこと言えないと思うけどね。
「……この異常事態にアオハルかよ」
つい、思っていたことが口から零れた。幸いにして誰にも聞かれてはないらしい。別に聞かれていたとしても、特に問題はないのだけれど。それよりも、松田の働きには心から感謝をしていた。自分が一番聞きたかったことを代わりに聞いてくれたのだから。
「話が長うなると思うけえ、ストーブの用意をしようか」
相も変わらず機械的に喋る担任に、背筋がゾクゾクとする。遂に聞ける。人の〝死〟についてを。こんなにも近くで、こんなにもリアルに。逸る心をなんとか治めて、普段なら御免蒙る体力仕事に、いの一番に名乗りを上げた。
底冷えのする古い体育館に、気休め程度の暖が与えられる。
先程のスライド同様ストーブも事前に用意されていたらしい。どこまでも用意周到で、大人たちの本気度が伺えて気分が高揚する。
(ああ、駄目だ、顔のにやけが止まらない)
流石にこのにやけ面を曝すのは拙いと思い、口元に手をあてた。そんな僕を見て、近くに居た桐谷が気遣わしげに声を掛けてくる。
「藤、大丈夫か?また吐きそうなんか?」
「……いや、もう大丈夫やけん」
少し声のトーンを高めにして言うと、桐谷は心配そうな顔をしながらも、森のところへ戻っていった。お人好しめ。
僕の性格上、桐谷や桂木のような所謂〝イイコちゃん〟とはどう努力をしようとも恐らく相容れない。捻くれ者で、卑屈で、暗い僕。
そんな僕には、ああいった奴らの光の部分が鬱陶しい。本性を出せよ。本音を言えよ。そう、言いたくなる。人間はそんなに綺麗な生き物なんかじゃない。貪欲で、愚かで、残忍で、自己中心的だ。
どんなに隠していても、いつかはボロが出る。なら、隠さなければいい。偽善者ぶらなければいい。ただ、それだけのことだ。お前らは馬鹿だな。そうやって、自分の首を自分で絞めていたらいいさ。
「暁人」
小さく肩を叩かれ、振り返るとそこには飛鳥が立っていた。飛鳥は僕が唯一心を許している相手。親友、と呼んでもいいのかもしれない。そんな飛鳥が眉間に皺を寄せ、ジッと真っ直ぐに見てくる。
「お前、まさかこんな時に〝アレ〟を考えとらんやろうな?」
無意識に、口角が上がった。
「そんなん、考えまくるに決まっとるやろうが」
「――ばっ…!」
大声を上げそうになる飛鳥の口を塞ぐ。僅かに触れた唇がとても冷たかった。心配してくれるのはありがたいけど、今騒がれるのは得策じゃない。だって、話が聞けなくなるかもしれないじゃないか。
「心配せんでも大丈夫やって。ただの冗談や、ジョウダン」
パッと手を離し、オーバーリアクションでおどけてみせる。そんな僕を見た飛鳥は、わざとらしい溜息を吐いた。
「ならええけど。今の状況でもお前はやっぱりええ性格しとるわ」
「ははっ、それ褒め言葉やわ」
自分でも本当にそう思う。イイ性格をしているよ、僕は。
「んなら、あっち行くべ?」
飛鳥が指を差した場所は、怖がって避けられているのか不自然に空いた先生の真正面。飛鳥だって人のこと言えないと思うけどね。



