今にも雪が降り出しそうな、鈍色(にびいろ)の空。

分厚い雲のなかには太陽が隠れているのだろうか。そんな願望にも似た思いを頭に浮かべながら、私は出席名簿を片手に教室へと足を進めた。古い歴史を持つ木造校舎は、歩くだけでミシミシと嫌な音を立てる。いっそ、壊れてしまえばいいのに。

「センセー、おっはよ~!」

赤いスカーフを可憐に揺らし、舞うようにして走っていくのは二年の女子生徒。

「田中先生はもう教室におるぞー」
「うわ!最悪や!」
「はよう行きなさい」
「は~い!」

器用に舌を覗かせ、ぐんと力強く速度を上げる彼女に私は無意識に破顔(はがん)した。あの子にはまだ、猶予がある。残り幾許(いくばく)かだとしても。

「……ふう、」

遂に自分にも、嫌な役目が回って来た。

複雑な感情が折り重なり、堪らず溜息が漏れる。正直、遣り切れない。けれどどうすることもできない。それは自分自身が一番よく解っていた。この村の出身である、私自身が。

「すまん、ほんまに。すまん…」

誰に聞えるでもない懺悔をそっと呟いて、引き戸に手を掛ける。これから待ち受けている未来は、絶望でしかないと知りながら。

「っ、皆おはよう!今日は大事な話があるけえ体育館に移動や」

いつもと同じ朝、いつもと同じ顔ぶれ、いつもと同じ空気。

でも、私の心はいつまでたっても今日の空のように重くて暗い。そしてそれは、この子達が答えを出すまで変わる事はないだろう。

小さな村の、たった一つしかない小さな中学校。全校生徒を集めても五十人にも満たない、典型的な過疎地の学校。

「全員揃っとるかー?」

体育館の重く錆びた鉄扉(てっぴ)を押し開け、声を掛けながら一人一人を噛み締めるように確認した。ピタリ、十五人。欠席者も居ない。ああ、不条理だ。誰でもいい。休んでさえいれば助かったのに。

なんて、なにを馬鹿な。赦されるとでも思っているのか。

「このまま……此処に集まって待っとってくれえな…」

頭を軽く降って思考を逃がす。こんな顔を生徒には見せられない。ぐっと背筋を伸ばし、そのままの足で解放したばかりのこの空間唯一の出入り口に近付いた。ここを閉じてしまえばもう戻れない。

余計な事は考えるな。感情は殺せ。

去年の三年の担任に教えられたじゃないか。なのに、私ときたら。今頃になって足が震える。〝あの日〟の自分が泣き叫ぶ。

『もう、やめてくれ』――と。