亜矢は、頭の中で何かを組み立てているかのような思案顔で、その視線をゆっくりと怜くんに移動させていく。

「先生、私が死にます」

再び、体育館内は一瞬の静寂ののち騒然となった。でも、そんなことには構いもしないで、亜矢は制服の袖を肘の位置まで上げる。そこには赤い染みのついた包帯と、折れそうな程に細い腕。

「これで皆も納得やろう?」
「高槻!」

亜矢の声と、怜くんの声が重なり合った。二人共、目にはいっぱいの涙。死にたくないんだ。死にたいわけがなかったんだ。それは本来当たり前のことだけれど。二人は更にお互いを想い合っている。

「〝生きて〟くれって言うたが!もう忘れてしもうたんか?!」
「っ、だって…!だって、桂木君が死んだら……っ、私の存在はまたなくなってしまう…!そんなの嫌や……もう、嫌なんや…!」
「……たか、つ…き」
「うう……嫌や…嫌やよ、桂木君…!」

二人の悲痛な叫びに、つられるようにして泣き出す子が増えていく。私の頬にも一筋の涙。羨ましい、温かい、私には、ないもの。

不意に、理恵が手を握ってきた。その手から伝わる微かな振動。理恵も同じ気持ちなんだ。みんな、みんな、同じなんだ。

二人を見ていると無性に泣きたくなる。

こんな時にでも嫉妬に燃える自分には嫌気が差すけど、新しい感情も小さく芽生えた。それは私の黒い心に白い点を落としていく。

ずっと変われないと思っていた。いつも人の所為にしていた。でも、自分を変えることが出来るのは、他でもない自分自身の強い意志。私には、亜矢や怜くんのような優しさも勇気もないけれど、もしも皆が無事に帰れたら。あの日常を取り戻せるなら。

――怜くんを亜矢に返すよ。

そして、言いたいことを言おうと思う。もっと早くに気付くがこと出来ていたら良かったな。なんて、もう遅いか。

冷たくなっている理恵の手を、ぎゅっと握り返す。すると、手の平から感じる確かな返事。そこから溶け合う体温が心地良かった。