「長谷川はすごいなあ」

それは、本当に何気ない一言。

陽に透ける色素の薄い髪の毛が、とても綺麗だった。部活終わりなのか、首にタオルをかけ、手にはペットボトルを持っている。その絵になり過ぎる立ち姿は、まるで漫画のヒーローのよう。

桂木 怜くん。

亜矢と同じく皆から人気があって、何でも出来る格好良い男の子。

「テストが近くなったら、いつも一人で残って勉強しよるやろ?先生にも聞きに行ったりしよんよな?」
「あ、うん…」
「やっぱり?ほんますごいなあ」

ノートの上で走らせていたペンが止まる。そんな私の正面で、桂木くんは美味しそうに喉を鳴らしながら清涼飲料水を飲んでいた。

純粋そうな、穢れを知らない真っ直ぐな瞳が苦しい。

私はこんな時にも皆を出し抜こうと、良い点数を取る為に一人で勉強をしているような、そんな嫌な人間なのに。

「長谷川が頭ええのって、こうやって影で頑張っとるけんやな」

風に遊ばれ、サラサラの前髪が流れる。それが凄く魅力的だった。

「でも、あんまり無理したらいけんで。なんかしんどそうな顔やったけん……、あ!」

ことりと、机の上にオレンジジュースが置かれる。魔法みたいに突然現れたそれに、目を白黒させていると。心得たと言わんばかりに、体操着のポケットを二度叩いて悪戯っぽく微笑(わら)う。

「頑張っとる長谷川に、これあげるわ。実はさっき顧問ちゃんに皆で奢って貰ったんやけど、俺にはこっちがあるけん」

そう言って今度は朗らかに笑い、桂木くんはペットボトルを掲げて見せてくれた。まるで、爽やかな春の風のような桂木くん。

「じゃあ、俺は帰るけど長谷川も遅くならんようにな」

眩しくて、眩しくて、その顔が見れない。

「――っ、」

はじめてだ。ちゃんと、私を見てくれた人。卑怯な私に頑張ってるって言ってくれた人。違うのに、そんなのじゃないのに、でも、桂木くんに言われたら、本当にそんな気がしてきて心が軽くなる。

見て、欲しかった。卑怯でも汚くても、頑張っている私を。

桂木くんの気配が消えたことを確認して、言えなかったお礼の言葉を喉の奥で呟く。それと同時に、単調な教室の風景が滲んだ。