生け贄、独り。

あれは、いつものように可奈と一緒に帰る為、教室へ彼女を迎えに行こうとしていた時。金曜日に限って早く帰る高槻と、珍しくすれ違ったあの日が全てのはじまりで、終わりだった。

挨拶ぐらいはと思い、声を掛けようとしたのだけれど。高槻はこちらを見ようともしないし、やはり振られてしまっている身としては積極的にはなれず。臆病で、情けない自分を恥じた。

「ダメな奴やなあ、俺」

自分の頬を軽く叩いて再び足を進める。可奈の居る教室へと真っ直ぐに。そして、耳にしてしまう。信じられないような真実を。

「でも、怜くんも亜矢もバカやな。どっちかが勇気を出して、自分で気持ちを伝えとったら今頃は……って、それじゃ私が辛いけん!」
「めちゃくちゃ言いよるなあ」

頭を、鈍器で殴られたような、そんな衝撃が走った。

可奈の口ぶりから察すると、そんな、嘘だ。嘘だと思いたかった。でも、いくら俺が鈍いといったって理解は出来る。

騙されていたのか。可奈と松田に。

「あ、そろそろ桂木君が迎えに来てくれる時間やない?」

廊下にまで確かに聞えて来たその声に、はっとする。そして、そのままの足で元来た道を引き返した。振り返りもしないで。

今は、可奈の顔を見たくない。きっと酷いことを言ってしまう。止めることが出来ないだろう。だから俺は、その場から逃げ出した。走って、走って、走って。校舎の片隅で一人呻き声を上げた。

騙されていたことは辛い。けれど、俺に攻める資格もない。酷いことを言ってしまう以前に、俺に可奈たちを攻める資格はないんだ。本当に酷いことをしていたのは、俺の方だったのだから。



俺が可奈と付き合った理由。

それは本当に身勝手で、卑しい、醜いものからだった。俺は皆が言ってくれるような、良い奴じゃない。優しい奴なんかじゃない。ただの、十五歳の普通の男なんだよ。

可奈と付き合えば、高槻と親しくなれるんじゃないかと思った。振られてしまったけれど、どうしても諦められなくて。

〝親友の彼氏〟という立場を利用した。

告白をしておきながら、高槻の親友と付き合うなんて軽蔑されるかもしれないと思った。けれど、彼女は優しいから。だから蔑ろにされない自信もあった。傍で、見ていたかった。