――十分前。

「レイくん、怜くん!」

彼女の可奈が泣きながら走り寄って来た。千里と一緒に脱出口を探していた途中だったので、そっと目配せをする。その意図を難なく汲み取った千里は、他の友人のもとへ場所を移してくれた。

「大丈夫やけん、可奈」
「でも…!でも…!」

こうなった可奈を落ち着かせるのは少し大変だ。彼女は感情の起伏が激しい。思ったことを口にし、後先を考えずに行動する。

そしてそれは、時に人を傷付けた。

「私、死にとぉない!怜くんが死ぬのも嫌やあ!」
「大丈夫、大丈夫やけん」

何とか落ち着かせようと、可奈の背中を擦りながら出来るだけ柔らかな声を出す。けれど、彼女はどんどん感情的になっていく。

「ふふ、ははは!なあ、怜くん?私、ええこと思いついたんや。死にたがっとる子が……死んだら、ええと思わん?」
「……え?」

それは、本当に、残酷で、醜い言葉。

「亜矢や…アイツが死んだらええんや!だって亜矢はずっと――」

思わず可奈の口を塞いだ。今、なんて言った?

「―――っ!―――っ!」

口と一緒に鼻まで塞いでしまっていたらしく、可奈は顔を真っ赤にして苦しそうに(もが)く。でも、手を解いてやる気になれない。可奈は知っていた?じゃあ、松田も?確かに気付く機会は幾らでもあったと思う。だって、俺ですら気が付いてしまったのだから。

「―――っ!―――っ!」

いよいよ耐えられなくなったのか、引き()れた指先が宙を掻いた。

「……ごめん」

ゆっくりと手を離すと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡れた顔を隠すことなく、可奈は大きく咳いた。そんな彼女の切羽詰まった様子に、近くに居たクラスメイトが一瞬だけ困惑の視線を送ってくる。

「っげほ!…う…っ」

必死で息を整えている彼女の背中に手を伸ばしかけて、空で拳を握った。どうしても許せなかった。一番、聞きたくない言葉だった。

可奈たちは、傍から見れば仲の良い友人同士。けれど、それが偽りのものなんじゃないかと思い始めていたのも事実だ。可奈はよく二人の愚痴を俺に言ってきた。女の子の人間関係は難しいと聞く。だから、深く気に留めないようにしていた。――あの時までは。