生け贄、独り。

「あれ?亜矢、そのリストバンドどうしたん?可愛いなあ」
「……あ、いとこのお姉ちゃんがお揃いにしよーって、いうて誕生日に送って来てくれたけんつけてみたんや」

引き攣る笑顔で、左手を掲げた。手首には傷を隠す為のリストバンド。馬鹿だって解ってる。自分で自分を傷付けるなんて、馬鹿げてるって解ってた。解ってた、けど。血を見ると安心するの。

痛みが、心が、麻痺をする。本気で死のうと思ってやっていたわけじゃない。でも、力をもっと入れて深く深く切ったら、死ねるのかもしれない。生きるか死ぬかを天秤にかけて、自分の存在を探した。未だ、見つける事が出来ない私という存在を。







「――き、高槻…」

男子トイレから聞えて来た声に、大袈裟に肩が跳ねた。

「だ、誰ぇ?」

切りつけたばかりの手首を強く握り、トイレの角で小さくなる。見られているわけじゃないのに、後ろめたい。気取られたくない。

「あんな、俺……、桂木やけど…」

ドクン。心臓がひとつ、大きく波を打った。心なしか手首も熱く感じる。まるで傷と心臓が共鳴しているみたいに。ねえ、どうして桂木君がこんな所に居るの?可奈と一緒に居たんじゃないの?

何で、私の名前を呼ぶの?

「また、自分を傷付けよったんやろう」

私の疑問を打ち消すかのように、桂木君からは予想外の言葉が返って来た。心臓が煩い。手首が熱い。目蓋の裏に、膜が張る。

「な、に、言う…とん…」

震える声が恨めしかった。上手く取り繕えない。このままではバレてしまう。私が、今まで必死に隠して来た秘密が。

「誤魔化さんでもええよ」
「………桂木…君?」
「俺はずっと、高槻の事を見て来とったから」
「…え、」

痛い、熱い、痛い、苦しい。

「今更、女々しいとは思うんやけどな、やっぱり高槻の事が好きなんよ。……大好きや。こんな事になって…、俺、自分の口で伝えとかんと後悔するって思ったけん」

コツンと。壁の向こうから爪を立てるような音が聞える。それは桂木くんらしい優しい旋律。温かで、泣きたくなるような、音。

「俺にとって高槻は、大切な〝存在〟なんや。その事だけでも覚えとって欲しい。やけん、これ以上自分を傷付けるのだけは止めてくれな?高槻は〝生きて〟いってくれな」

ぽたり、ぽたり。いつしか私の目からは涙が溢れ出し、先に流れていた赤い液体と混ざり合った。溢れて、零れて、止まらない。

血が、涙が、閉じ込めていた想いが。