『なんで霧が…』


嫌な予感が暗い澱の様に胸に重くのし掛かる。


もし、高原が余計な事を言ってしまったら、きっと彼女はもう俺に笑い掛けてはくれないかもしれない。


『いってらっしゃい』


俺を無邪気に見て笑うその笑顔…使用人達の義務的な挨拶と違い確かに心があった。


失いたくない。


初めてそう、思ったのに。

噛み締めた奥歯が軋み、額に汗が滲む。


自分が何故昨日会ったばかりの霧に固執するか正直分からない。


恋なのか…それとも別の何かなのか?


いや、そんな事はどうでも良い。


今はただ。


笑い合いながら家に一緒に帰りたい。


その為ならどんな事だってする。大嫌いな家の後ろ楯を使っても構わない。


隆幸は祈る様な気持ちで屋上の扉を勢い良く開け放った。