「ねぇ、あなたは優し過ぎるわ。だからそうやって傷つくの」
彼女の言葉は、彼の耳には届いていない。
いや。
届けたくても、届かないのだ。
「お願い。私を見て。私を選んで。そうすれば、私はあなたのことだけ愛すから」
どんなに甘く囁いても、彼の耳にこのハチミツのように甘い声が届くことは、ない。
そっと、蝶のように美しい顔を近付ける。お願い。私に気付いて。
「ねぇ…」
彼は俯いたまま。

…当たり前か。彼の最愛の人が死んでしまったのだから。

「ねぇっ…」
それでも、と彼女は思う。1番可哀相なのは私だと。
「ねぇっ…!!」
届けたくても届かなくて。彼の隣で笑いたいと何度願ったことか。
でも、私達の住む世界は、違いすぎた。
「お願いよ、私に気付いて…っ!!」
所詮、自分は「亡き人」で、彼は生きている「人間」 で。それは、どうしようもない、越えようのない壁だった。