杏里に母親はいない。


母親のことを思い出そうとしても、あるところまで行くと記憶がぼやけてしまう。


ただ、太陽のように暖かい母親の匂いと、なぜか駅のプラットホームの光景がおぼろげに浮かんでくるだけだ。


小学生のころ、父親や兄に、なぜ自分には母親がいないのかと問うたことがある。


その質問に2人とも、病気で死んだんだ、としか答えなかった。



悲しかった。
みんなにはお母さんがいるのに、自分にだけいないことがひどく悲しくて、泣いたことを覚えている。