一度溢れ出た悲しみは、決壊した堤防と同じ。止める事など出来ない。

この悲しみを止めるとしたら、泣くしかない。
溢れ出た悲しみを否定する事無く、心の雨が枯渇するまで、ただひたすらに泣くしかない。

秋は両手で覆った顔をクシャクシャにしながら、涙と泣き声で、溢れ出た悲しみを外へと吐き出して行く。

「…………」

心の堤防が決壊してから、どれくらいの時間が流れただろうか。泣き続けて、やっと涙が枯れ果てた。

秋は全てを吐き出せたと思っていたが、違った。
涙が渇いても、心を縛り付ける悲しみと苦しみは、何一つ変わらず今も秋の心を締め付けていた。

「…………」

激しい脱力感が秋を襲う。

「……勇樹さん」

やっと口にしたのは、その五文字だけであった。

秋は、ただ無言で畳みの上に座り込んでいた。
すると、お腹の中にいるはずが無い赤ちゃんがお腹を蹴った様な気がした。
秋は不思議がり、自分のお腹にそっと手を当てる。

秋は「そんな事、無いよね」と呟く。
秋が妊娠してから、まだ一、二ヶ月しかたっていないのだ。
赤ちゃんがお腹を蹴るなど、有り得ない事なのである。