「おかあさん、何んで私をおいて死んだのよ」
悲しみはないのに、優子の眼に涙が溢れた。
「優子ちゃん、お母さんを責めちゃあだめだよ」
おばさんの声だ。
二人の唇は動かず、その声は遙か上の方から聞こえてくる。
涙がぽたぽたと、母の足下の真砂に吸い込まれて行くのがはっきりと見える。
「ごめんね、優子。 許して」
「優子ちゃん、もうわかって上げなきゃ。 お母さんだって苦しんだんだよ」
今井の声が、優子を包むように言った。
「兎に角、来ちゃあダメよ。 優子」
母が顔を上げて優しく、しかし強く言った。
「頑張んなきゃあ、きっといいことあるよ。 ね、帰んなさい、 又会えるからね」
「優子、いつもおまえのこと見てるからね」
濃い靄が流れ、二人の姿はその中に消えていった。
「置いてかないで! 私も連れてって!」 優子は叫んだ。
「来ちゃあダメだよー」
母と今井の声が、靄の中からしていた。
「来ちゃあダメだよー」
二人の声が、まだ頭の中に響いている。
病院のベッドの上だった。
「気が付いた? もう大丈夫よ」
看護婦だった。
「何で?」
優子は喉の痛みの中、声にならない声で辛うじて聞いた。 何で死ななかったのかと思った。
「何が? ああ、浮浪者のおじさんがすぐ見つけてくれたのよ。 あなたの腰を抱えて助けを呼んだんだって。 通りかかった男の人がたまたま人工蘇生知ってて、救急車来るまでの手当が早かったから助かったのよ。 あなたラッキーよ。 感謝しなくっちゃね。 何があったか知らないけど、世の中いい人だっていっぱいいるんだよ」
何の気持ちの動揺もなく、ただ静かに涙が流れた。 感情と云うものが、無くなったような気がした。
暫くして警官が来たが、優子はただ死にたかったからとだけ答えそれ以外は何も言わなかった。
