そう言えば、あれはどちらの御方なのだろうか。
朝になって女房が部屋の戸を開ける。すると簀子(すのこ)の上に、可愛らしい花と結びつけられた文が置いてあるのである。
高貴な生まれの公達(きんだち)であるらしく、いつも高価そうな御料紙に、素晴らしく流麗な文字で、自分への想いが綿々と綴られているのだった。
父亡き今、大した後ろ盾も無い私などを娶りたい、と仰る方も珍しい。
しかも手紙の主は、自分が何処の誰であるかも一向に記していないのである。
しかし、文の内容はとても心のこもった物で、読んでいると此方がはっとさせられる事が何度もあった。
大切な螺鈿(らでん)細工の文箱には、その差出人不明の文を、一つ残らず大切にしまってある。
冷たい風が吹き荒れるような後宮の中で、その文は、まるで春風を運んで来てくれたかの様だった。

