さて、 運命の輪に取り込まれ、もはやその不幸な生涯すらも受け入れつつあった紗枝であったが…

彼女は、故郷への暇乞いをしなくなった代わりに、時々店の『使い』と称し、番頭を伴って出掛けるようになった。

もちろん、福田屋の様々な用向きをこなしていたのであったが、彼女の目的は他にあった。それは、常篤を遠くから一目でも見ることである。

『お城勤め』の帰りに偶然常篤を見つけたのはこれもまた運命…そして縁と言わずして何と言おうか。紗枝は必然、常篤にすいよせられるように、遠くから見つめることが唯一の楽しみになった。

彼女の境遇に同情を寄せる番頭は、いつしか彼女をそこに置いて、一人で福田屋の用向きや買い物を済ませるようになった。

紗枝の視線の先にある常篤が川面にたたずむ様子は、美しく純粋に人の心を写す鏡のようであり…常篤の振るう長刀は、紗枝の中にある『もや』と『汚れ』を振り払うような錯覚を覚えさせた。

紗枝は常篤の姿に自らを写し…その刀にいつしか自らの運命をも断ち切ってくれるのではないか?そんな期待すら抱くようになっていた。