そのときである。
「失礼いたします。」
紗枝の声である。
「おう、紗枝か。入れ。」
諏訪が紗枝を招き入れる。
「お酒のおかわりをお持ちしました。」
紗枝が丁寧に洗練された儀礼で入ってくる。

「ワシはの・・・」
諏訪は紗枝を気にも止めず話を続ける。
「このたびの賦役で・・・松代の民の四人に一人から・・・下手をすると三人に一人が死ぬと思うておる。」
これにはさすがの次郎もピクリとした。
「四人に一人と申しますと・・・これは膨大な数の死者になりますが。」
「もちろんわかっておる。そして、ワシはこれを飢餓による死者として、お上に報告する所存じゃ。」
「しかし、これだけの民が一時(いっとき)に命を落としては、ご公儀も捨て置きはしませんでしょう?」
「そのときはそのときじゃ。殿の代わりにワシがこの首差し出して・・・すべてはワシの責にて、と切腹する所存じゃ。」
「切腹・・・」
次郎は、はじめてこの人間の心の奥の闇と孤独を見た気がしたのである。