それからも度々なにかにつけて、帰郷を願いでた紗枝であったが、むしろ、
「これが、福田家の嫁の言葉かね。嫁が嫁いだ家の用向きを無視して帰郷するなどと、それが武家のご立派なやり方なのかねえ。」
などと逆に罵倒される始末であった。

特に紗江が耐えかねたのは、紗江のことだけではなく、姑が紗江の両親のことまでをあしざまにののしることであった。
「出戻った娘がこのザマじゃあ、武田様を源流などというようなことも・・・噂なのかねえ。」
「ほら、村では、実はあの家は妾腹の出で・・・武田は武田でも色町の出らしいなどという噂があるそうな。」
小姑までが、あらぬ讒言で紗江の両親をあしざまにののしるのである。

そういったことがあって、紗江はいつしか、里へ帰ることを願わなくなった。もちろん、郷里への思いは尽きることはなかったが、両親への誇りを傷つけられることはもっと辛かったのである。

さらに、紗江の境遇に追い討ちをかけたのは、子が出来なかったことである。もしできたとしても、それが福田の子なのか、諏訪の子なのか、わかったものではなかったが。子さえ産めば紗枝の境遇は確かに変化を見せたかも知れなかったのである。
紗枝の生活は日に日に悪化していた。そこに救いがあるとすれば、食べるもの、着るものに困ることがない、というぐらいのものである。