福田屋の嫁として、はじまった紗枝の生活。
しかし、実際に福田家での紗江の立場は微妙なものであった。ことあるごとに姑には『出戻り』扱いされ、夫も紗江を単なる飾り物としてしか扱わない。福田家にあって、紗江はまさに孤独の身であった。

なにしろ、家事はすべて、手伝いなど雇わず紗枝に押し付けられ、福田屋の商売には紗枝は一切かかわることはできなかった。これはほとんど小間使いの扱いで、紗枝は日々やつれていった。朝は早くから家事で忙殺され、夜は『旦那様』の玩具となる。

周囲が思うような幸せはそこにはなかった。紗江は先祖の命日など度々、生家へ帰ることを何度か姑に願い出ていたのだが、これは一切無視された。まさに、軟禁されているがごとき状況。それが紗枝に今の境遇だったのである。郷里といっても、1日もあれば行って帰ることのできる距離である。たった一日の暇さえあれば、紗枝は両親に会い、先祖供養なども済ませることが出来たのである。それさえも許されない身分と立場。それは藩内随一の商家の妻などという聞こえのいいものではなかったのである。