「まったく。こんな昼間っから。あの女のはしたなさといえば。」
目を細めながら、母が歪んだ嘲笑を浮かべる。
「まあ、あのような貧乏武士の娘なぞ、それぐらいにしか役に立たないだろうからねえ。」
はきすてるように言うと、一恵は
「ああ、忙しい、忙しい。」
そういって、あちこちを怒鳴りつけては、仕事を監督しはじめるのであった。

毎回、次郎に弄ばれた帰り道は、紗枝はまるで亡霊のような顔をして、ふらふらと帰ることが多かった。

次郎はそんな紗枝に供のものもつけず、『こと』が終わるとさっさと紗枝を帰してしまうのである。その扱いは、まるで娼婦のごときものであった。
(私はどうなっていくのであろう・・・死ぬこともできず・・・運命に逆らうこともできず・・・まるで意志を持たない人形のごとき人生・・・)
紗枝はそうは思うものの、自分が自害したときの父母の苦悩や、福田屋の両親への仕打ちを考えるとこの状況をいかんともしがたかったのである。ただ受け入れる。そのことが紗枝に示された唯一の道だったのだ。

そうこうしているうちに婚儀の日がやってきた。
紗江が福田屋に輿入れし、その妻となったとき、紗枝の村の人々はそのほとんどが紗江の新しい門出と幸せを祈ったものである。