さて、話は紗枝の方に戻る。紗枝がいよいよ福田屋へ嫁ぐことを決めた頃、突然福田屋から使いの者がやってきた。なにやら詳しく婚儀の日取りやの相談を兼ねて顔合わせがしたいとのことであった。
ぽっと出の商家ふぜいが、はるかに身分が上の武家をよびつけることに不快感はつのるばかりであった。しかし、家老諏訪のお墨付きで今や隆盛を極める相手とあらば、これを飲まざるをえなかった。
紗枝の父などは
「この屈辱三代まで忘るること叶うものか!」
と嘆いたもの、やはり時勢の勢いには逆らえなかったのである。

その後日、使いの案内で福田屋を訪ねた紗枝とその父母は、その思った以上に大きく、まるで大名屋敷のような門がまえに圧倒された。
(これは さすがに…)
と紗枝も観念したものである。
(これではいくら父が息巻いたとてかなう相手ではない…)
そう思わずにはいられないだけの気風と勢いが感じられた。
(これだけの家ならば、両親も十分な暮らしをさせてもらえるだろう。)
紗枝はそう打算的にも考えて、自分を落ち着けるようにした。

ここ数年の凶作や不況で比較的大きな石高をもった武家であっても、その力は弱体化の一途をたどっている。これが諏訪の中央集権能力をいっそう高めている悪循環である。紗枝の家とてそうなのだ。母は決して口にしないが紗江は我が家の財がもはや尽きかけていることをしっていた。