当時信濃と呼ばれたこの地には、この季節になると、いつも雪が降り積もる。
信玄公ゆかりの信濃という土地。戦国時代においては、毎年雪解けとともに戦が始まり、雪の季節になるとその凄惨な血を覆い隠すかのように雪が降り積もる。そして、それを春の暖かい日差しが雪を溶かして、洗い流してくれる。人の生業は…雄大な自然の単位から見れば所詮ひとひらの雪の微動でしかないことを思いしらされるのである。

その日も松代は雪化粧で真っ白な銀箔の世界であった。その真っ白な雪が降り積もった上に、また新しい粉雪が降り積もっていく。
その中を今、ひとりの女性がゆっくりと歩いていた。
黒い髪が雪の白に映えて、時々吹き寄せる風と粉雪が彼女の髪をかきあげると、その美しい髪が柔らかく揺れる。