常篤には、これを引き継ぐ子がいなかった。もちろん夫婦の契りをかわした妻もいない。縁談がなかったわけではない。むしろ名君でなる常篤の元には多くの縁談がよせられていた。
しかし、常篤にはひとつの確信があったのである。
(もうすぐ時代が変わる。)
世襲で名君暗君関係なく政治権力を握る専制独裁の時代は終わる。この時代が持っている熱と変動の力を見れば見るほど、おそらく常篤の一族が一子相伝で伝えてきたこの剣と秘術は必要とされない時代が来るであろう、と彼は見ていた。
そして、これから来る時代に、この剣は不要なのだとも感じていた。世襲ではなく、実力のある人間が政治によって国を治める。そして、その人間は江戸城の中で、ひっそりと選ばれるのではなく、民の手によって選ばれる。そういう時代が来れば、民が選択した未来と代表に、第三者が介入する必要も意味もない。
それならば、この白桜は、この時代に生まれた常篤自らの身とともに、彼を最後の伝承者として消えてゆくのが運命であったのだろう。そして、
(それならば、妻を娶る必要もないし、自分は子孫を残さず、この剣とともに時代に消えていくことにしよう。)
それが常篤の思いなのであった。