さて、この諏訪頼重の改革に、深く関わった人間の中に、あの『福田屋』の名があった。
福田屋は高利貸しで得た莫大な財産を折りをみて諏訪に献じた。
この機をみるに敏い福田屋の商才は、まさに商売人としては称賛に値するものであったが、そのあとの対応もまた早かった。
福田屋はこの件で頼重に近付き重用されるようになると、この改革で米を買いとるための金を藩に貸し付け、そこで得た利益をまた高利貸しの元金として利用して莫大な利益を得た。

このことにより、いまや藩の財政と改革は福田屋の財力なくして立ち行くことは出来なくなっていたのである。さらに福田屋は頼重のコネを利用し、琉球貿易で活躍した偽金作りの名人をわざわざ薩摩藩より呼び寄せ、これを極秘理に鋳造させた。このことは後に深刻なインフレを引き起こすことになるのだが、それはまだまだ先の話である。