翌朝いち早く起き出した紗枝は、さっそく料理を始めていた。秀五も起き出して屋敷の掃除を始めている。
しかし、佐助だけはうかない顔であった。
(おそらく、許しが出ても常篤様は腹を斬る覚悟。無事に屋敷に帰っても、ここで自害なさるに違いない。)
佐助は常篤のそういう部分を人一倍知っている人間である。
(常篤様・・・拙者ごときに常篤様の代わりなどできません。常篤様は常篤様なのでございますから。)
佐助は心身ともに極限まで鍛え上げられた忍びにしては、あまりに弱気なことを考える。
それほどに常篤の人柄と信念は、佐助の心をつかんでいたのである。
(なんとか、常篤様に生き延びることを考えていただく手はないものか。)
しかしその思いは徒労に終わる。
その朝、城から厳重に守られて運ばれてきた輿の中にいたのは、常篤ではなく、『常篤の亡骸』だったのである。
城からつけられた警護の侍らが、常篤の屋敷を幾重にも囲み、集まってくる民衆たちを屋敷に一歩も近づけなかった。
「仁左衛門様が帰られた!」
「仁左衛門様!」
それでもあちこちから常篤の帰還を喜ぶ声がする。