さて…そんな中で紗枝が、悪名高き、金貸しで隆盛を誇る福田屋を嫁ぎ先として選んだことには理由があった。

縁談が持ち込まれた当初、単なる商家である福田とは家柄も釣り合わず、また福田屋の高利貸しでの悪名を知っていた紗枝の両親は、これに一切取り合わなかったのである。しかし、福田屋はそうと分かると、善良な紗枝の父が治める土地の民や、さらには城代家老たる諏訪頼重までをも利用して、領内の政の不始末をでっち上げ、年貢の取り高や上納をさらに高く要求させるなどしてきた。
とにかく、あらゆる手段をもって器量の良さでなる紗枝をやっきになって手に入れようとしてきたのである。

「金の力をもって女を引き入れようとは卑怯千万!決して許すまじ。」
と息巻いていた紗枝の父も近頃は、その圧力に苦悩し、黙りこむようになってきた。
なにしろ、自分のその意地が、直接自分の納める民の暮らしに影響してきているのだ。自分と娘の誇りのために、自分が守るべき民が苦しんでいる・・・それは紗枝や紗枝の両親に対しては、一番有効な圧力となり、暗に恫喝・脅迫となる強力かつ巧妙な方法だったのである。