さて、こちらは地下牢に幽閉された常篤である。
先ほどより、門番に身をやつした佐助との情報交換を行っていた。
「・・・そうか。そちからみても秀五は見所があるか。」
「はい。なんと言いますか・・・心根のまっすぐな気性もさりながら、剣を振らせると、その太刀筋に光るものがありまする。」
「たのしみだな・・・。」
常篤は目を細めた。
「ぜひとも私自ら育てたかったものだ・・・」
「いましばらくのご辛抱です。まもなくきっと江戸の殿様より、お許しの使者がまいりましょう。」
「そのことなのだがな、佐助。」
「はい。」
「私は腹を斬ることにした。」
「なんと!」
「私の一日の生よりも、藩政が一日滞ることのほうが私にとっては苦痛なのだ。」
「しかし・・・民衆の支持もあります。待てば必ず許されましょう。」
「いや、民を守る剣をふるう私が、自らの生に執着して藩政を停滞させるのは、なによりの恥だと思うのだ。村の様子はどう
じゃ?」
「はっ。確かに、城の連中は常篤様の処遇をきっかけとした権力闘争に明け暮れておりまして・・・村はいまも田畑は荒れたまま、民もどうしてよいか迷い・・・」
「だから、私は腹を斬る。」
「しかし。殿が斬られては、おそらく松代藩の民すべてが暴動を起こしかねません。そうなってはむしろ殿の志は無駄になります。」
「佐助。」
「はっ。」
「それとな。ひとつ門番らの会話から小耳にはさんだのだが・・・諏訪の領民たちと、その周辺の領民たちも一触即発の状態にあるらしいではないか。」
「はい。確かに。」
「このままの緊張状態が続けば、領内の農民同士が殺しあう愚も起こりかねないのだ。」
「それはそうでございますな。」
「私が斬ったのは諏訪頼重であって、諏訪の領民ではない。彼らもまた大切な国の礎であろう?私が生きることで、もし何の罪もない民が一人でも死ぬことがあれば私は信玄公に顔向けができん。」
「しかし・・・」