諏訪頼重を武田常篤が斬った。
この知らせはまたたくまに藩中に広まり、数日もしない間に城には膨大な数の嘆願書が集まった。中には血判によって赤く染まったものまであり、常篤への思いと諏訪道重への怨嗟のほどが見て取れた。

これほどの騒ぎになっては、江戸にもこの事件が聞こえ、ご公儀も動かざるをえないのは火を見るより明らかであった。このまま騒ぎが広がりお家騒動になってくれば、藩主真田幸民の不始末として、真田家の取り潰しにもなりかねない。

諏訪派の家臣達は、ご公儀が出てくるまでに常篤を斬り、一気に事態の収拾を図ろうとした。
「これは殿のお耳に入るまでになんとかせねばならぬ。」
事件の知らせが広がれば広がるほどに、諏訪派の旗色は悪くなる。
なにせ、すでに『天誅』と称して諏訪の暗殺に使われた『白桜』の存在は国中の子供までもが知っている。日に日に常篤の名声は高まり、民衆は常篤を処刑するとなれば暴動すら起こしかねない情勢になってきている。
江戸で暮らし、藩政の『闇』の部分を知らない幸民は、この民衆の声に動かされて、場合によっては常篤を無罪放免するかも知れない。